責任と権限のバランス

>責任に見合った権限もないのに、無理矢理責任だけ押しつけられたら、それは「逃げるべき時」です。
(分裂勘違い君劇場)


先の戦争の時代にも同様の感想を持った人がいるでしょう。そういう人が果たして幸せになったでしょうか。
最前線で敵の機関銃で蜂の巣になるか、特高に引っ張られて別の生き物みたいな外観になるまで殴られるか。


自分が成長した場所では、責任をしょってくれる上司がいました。
もっともそれは勘違いで、岡目八目で「大丈夫」とよくわからん根拠で勇気付けをしてくれただけなのかもしれません。
でも、若い自分にとって大きな救いでした。
そうした親分達も、あらかたいなくなってしまいました。


仮に医者に逃げ場所があったとして、片っ端からサリマン先生が潰してしまいそうな気がします。
必要とされているから闘うのか?
逃げてばっかりではいけないけど、闘う理由って一体何?

日本中の医者の多くが「ここを改善すれば、自分たちはまだ頑張れるんだ」という思いを持っているはずです。
でも、それが実現可能か?
医者だけの努力では到底無理。

答は案外簡単だと思う。でも、だれも口にする勇気がない。
いろんな意見を持つ人がいる現状では、それはあっさりと命取りになる可能性だってある。


日本の医療が潰れるか否かは、そこらへんを明確にできるか否か、にかかっていそうな気がします。