ある日の出来事

すごく優秀な医師達と仕事してきたことは幸いであった。

ある日の当直のことである。
胸痛の患者さんが搬送されてきた。心電図をみると、心筋梗塞のパターン。循環器医を呼ぶ。運悪く、彼は20分くらい離れたところにいるらしい。
一通りに処置し、血管拡張剤を投与して、症状が和らいだとき、そいつはやってきた。心室細動という不整脈
薬剤投与を指示し、電気ショックを与える。2発、3発、電気エネルギーを上げることによりとりあえず不整脈は収まった。
ところが、数分も経たないうちに不整脈が再び襲ってくる。患者さんは昏倒し、会話も出来ない状態に陥る。
この病院でこの状況に対応できるのは自分一人だ。人工呼吸のバッグを押しながら、指示を出し、気管内挿管の処置を準備させる。
患者さんの口に喉頭鏡という器具を入れ(気をつけないと前歯を折る)直径9mmくらいのプラスチックチューブを気管に入れる。
でも、気管の入り口がはっきり見えない。心臓マッサージがなされていて、視界が揺れまくる。
ここだ、心眼一閃、経験と勘でチューブを挿入。胸郭は動き、肺野の呼吸音も聞こえる。よかった。これでなんとかもたせられる。
数分後循環器医が到着。経過を説明しながら、電気ショックを繰り返すが、心拍は不整脈のまま。駄目かな、という考えが一瞬よぎる。
と、循環器部長が到着。「PCPSをまわそう。すぐに洞調律に戻るよ」すぐさま足の付け根から直径5mmくらいの管が挿入され、経皮的心肺補助装置が回り始めた。電気ショック一発で、患者さんの心臓は正常に動き始めた。
すぐにカテーテル検査室に運ばれ、冠状動脈の閉塞部位にステントが挿入された。患者さんは一命を取り留めた。

このようなとき、自分がこの病院に勤めていたことを幸いに思う。僻地の病院ではまず助からなかっただろう。都会でも、ここまで迅速に対応できるところはどれくらいあるだろう。