真実なんてモノはブタにでも食わせれば良い

そもそも真実なんてものは、観測位置によって様々に形を変えるものだ。
複数の洞察力に優れた観測者により、その全貌が明らかになることもある。
でも、現実的にはそんなことを待つ悠長な時間はない。
だから、おのおのが勝手に判断し、正しいと思われる側面だけを見る。
だから、みんな見たい真実しか見ない。

ゆえに、伝える人たちは、恣意的な映像を繰り返し見せることにより、それが真実と思い込ませようとする。
刺激が強ければ良い。感情を揺さぶれば良い。
マスコミとは軽薄なものだ。
それは必然である。




どこかの国の人はすごく真面目で、マスコミに類する人も比較的に真面目だったのだろう。
だから、皆疑うことを忘れ、マスコミに真実性を求めてしまう。

ある専門集団が、マスコミを攻撃したという。
個人名を出し、誹謗中傷したという。
マスコミに属する人間でも、個人は個人である。
誤りを糾弾することとは本質的に違う

ようやく、医療の現場の非人間的現状を伝える報道が出て来た。
遅きに失した感がある。




しかし、若い医療者を良い様に非人間的な扱いをして来た人を忘れることは出来ない。
そういった人に心底憎しみを感じる。
忘れてはならない。



犠牲的精神を悪用し
献身に値段をつける様な
それも消耗品みたいな値段で
尊厳を踏みにじる連中に。




だからこそ、マスコミを笑おう。憎んではならない。

あくまでも、笑い飛ばしてやるのだ。