腹水盆に返らず

http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/0001645860.shtml

腹水抜く手術後、患者死亡 尼崎医療生協病院 

まず、この患者様のご冥福をお祈りいたします。

さて。
35歳で腹水多量ってどんな状態だ?と思います。

アルコール性肝炎ならあり得ます。
何故か女性の肝臓はアルコールに弱いんです。40歳代で腹水が貯まることは十分あり得ます。35歳は随分若いけど。
色んな先生が考察されているけど、主因はやはりアルコールでしょう。(主犯といってもいい)
そして、合併症を伴うアルコール性肝硬変は、完全に禁酒しないと予後は極めて不良です。進行性であり、経過は癌とほぼ同じと言っていいでしょう。禁酒されて肝機能が正常化しても、腹水がなかなか消えない例がままあります。
余談ですが、肝硬変患者さんが完全に禁酒されてもγGTPが動く例があります。そうした場合ウルソ投与で肝機能が正常化することが多いです。禁酒を守っている患者さんをいらぬ疑いの目で見て傷つけることは避けたいものです。

さて、多量の腹水貯留ですが、この辛さは患者さんじゃないと絶対に分からないでしょう。
本来、肝硬変の腹水は抜くべきではないです。貴重なタンパクを喪失しますし、腎機能が低下したり、食道静脈瘤破裂の引き金になったり。利尿剤が第一選択で、アルブミン点滴併用が理想です。でも、利尿剤も電解質が狂うし、脳症や腎不全の引き金になりえます。貴重なアルブミン点滴は保険診療上厳しく制限されています。ルールを守っているのに査定の対象になると本当に腹が立ちます。腹水濃縮再静注もありますが、濃縮したタンパクを戻すとき毎回熱が出るので、あまりいいものではない。デンバーシャントはつまりやすく、DICや敗血症を起こすことがあります。
腹水を抜くのは手技的には簡単な部類と言われ、通常1年目からさせられます。いわゆる「手術」の範疇には入らないと思われます。その割に結構嫌なもので、穿刺した後も腹水が滲み出して止まらなかったりします。例えエコーで穿刺部位を決定しても、門脈圧の亢進で怒張した腹壁の静脈がはっきり見える訳がないですから、100%安全の保証にはならない。ましてや、腹水のばんばんに貯まった方の腹壁静脈破綻を止血するなんて事実上不可能です。血小板も凝固因子も少ないですし。

これほどデメリットが多く危険だと分かっていても、患者さんが切に望む治療を嫌とは言えません。患者さんの苦痛を除く為の緩和療法としての腹水穿刺は必要ではないでしょうか。無論、リスクを前提として。