レス・ウイルスの撲滅

昔のレスピレーター(以下レスと略)の使い方は、独特の感性が必要だった。それは患者さんを媒介として師匠から弟子に伝染させるようなものがあった。
はじめて自分で設定したレスは、バイト先の田舎病院に転がっていたBennett PR-2。酸素濃度設定は確か40%と100%しか無かったと思う。急変した患者さんにとりあえず挿管してレスにつないだはいいが、状態が改善したら暴れる暴れる。あんなもの意識があったら苦しくて仕方ないです。
主治医に連絡が取れず(携帯なんて無かった時代)、困り果てて常勤の先生を呼んだ。「あ、こんな状態ですか。頑張ってください。」彼は十字を切って立ち去った。一人で呆然として取り残された。ディプリバンもドルミカム持続注入も無かった頃の話。一晩中患者さんに付き添い、目を覚ましかけたらセルシンをivし、目をまっ赤にして夜明けを待ったものだ。

次に常勤でいった田舎病院の呼吸器の先生に「レス・ウイルス」を注入された。途端に今までの疑問が氷解した。
・従圧式を従量式っぽく使いこなすには、フローメーター1つあれば良い。
・セッティングを決めたら30分後にガス1回。あとはSpO2みながら微調整。
・機械の個性を見極めること。
・挿管して乗せたらしばらくFiO2 1.0で。下げるのは後でゆっくりやればいい。
・PEEPは5cmずつ動かせ。切る時は利尿剤iv。
口伝で嫌というほどノウハウが流し込まれた。
当時の病棟にはBird Mark7はもちろん、Bennett MA-1やら、CV2000やら、前時代の遺物がごろごろ。1台だけあったBennett 7200を見て、なんちゅう良い機械や、と思った。


レスは乗せるのも大事だが、外すことの方がもっと大事。SIMVから恐る恐るassistを減らしながらガスを見てCVに逆戻りし、がっくりしたり。戦いは勝機とタイミングと、何よりも敵を選ぶことが肝要と知った。結構無謀な戦いもしたが。その当時、サーボ900シリーズはなんとなく取っ付きにくかった。アシスト回数を微妙に換えながら、同時にTVを維持するため分時換気量も変えねばならない。デジタルな7200のほうが良いと思った。要は慣れの問題でしかなかったのですが。その後サーボ900と散々付き合ううち、気の置けない仲となったのですが。


基本的に必要な情報は、適切なTVと分時換気量、気道内圧と推測される気道抵抗、その上昇の要因、自発のあるなし、酸素化能。などなど。あとPSをどのくらいかけるか。「レス・ウイルス」が注入されると、貧弱な設備で、浅い経験でも何となく自分がどうすれば良いか見えてくる。目的は只一つ。患者さんを良くして離脱すること。(そして起こされず寝られる日々に復帰すもしること。)


今使っているサビーナとかエビタとか、機械としての信頼性は、駆け出しの頃に使った遺物たち、あるいはサーボ900君に比べれば全然高いのだが。液晶パネルに映し出される非の打ち所の無い図形を眺めるたび、汗と涙の青春時代を思い出して、ちょっと暑苦しい気分になる。
機械は賢くなれば良い。ちょっと出来る部下やパラメディカルがいて、あれ?と思っているうちにテキパキやってしまうみたく。悔しいけど、そのほうがいい。かくして古いノウハウは忘れ去られていく。